『日のかなた 臨床と詩学』 渡辺良
未来会員、渡辺良さんの第4歌集。
「臨床と詩学」というサブタイトルからも著者が医療あるいは医学の現場に従事する方なのだろうと推測される。歌の中にも医学的な用語が散見されるがそれ故に読みにくいということはない。だが読んでいる時間が少し重たく感じられた。冬、鈍色に広がる雲のような重さ。
患者さんは高齢者が多いのだろうか。往診の場面や認知症、(要)介護度という言葉も見られる。そういう方を診ていて・・・仕事ではあるが、やるせなさを感じることもあるのだろう。
何回か読み返すうちに自分がこの歌集の雰囲気に馴染んでいったのだろう、いいなぁと思う歌が増えていった。最後の歌は「3・11」から引いた。
落ちてしまった消しゴムをずっと思ってる時間さびしい机のように
両の手を組めるかたちに夕やみが息つめておりすこしくるしく
花だまりうすくれないの振戦がかすかに見えて雨が来るのだ
認知症は治る なおるという位置を少しだけ遠く深く彫ればだ
白桃が鉄をささえる病室にわたしはしたたる絶望であった
石塀の上にうごかぬ老猫と共にしている冬の視野あり
対処的処置とみながら日本語に care の訳語のなきを思えり
地上三〇階に人の心音を聴きながら高みと深みの関わり思う
夜のベッドに爪をきる音かたくして生き難きかも冬へ入りゆく
ひとつの死が屍と重なれる晩冬の病室いつか夕陽の満つる
老ゆという己れを守る小ささに今日を生きおり罪をおもいて
わからぬと告げてはじまる関わりのとりあえずドリップコーヒーいれる
泥まみれの人形のみひらく眼のうえに三月の雪降りしずみおり